身体は正直である。
緊張するとお腹が痛くなるし、
考えすぎると頭が痛くなる。
恋わずらいは
胸が締めつけられるし、
食べ過ぎれば胃がムカムカする。
身体の声を聴くと、
自分の状態を教えてくれる。
私はなぜか昔から、
肩こりを持っていた。
小学生の娘が、
疲れた主婦のような
ガチガチの肩だった。
人に触られると、
いつも驚かれた。
からだ全体が硬いかというと、
そんなことはない。
どちらかと言えば、
柔らかい方。
肩だけ硬い。
不思議だ。
なぜだろう?
思い返せば、
日常が緊張の連続だったのかもしれない。
学校で仲間はずれに
されないように。
先生に
認めてもらえるように。
親に怒られないように。
子どもらしい
自由さを手放して、
自分の居場所を
確保するために
必死に力を込めていた。
私はここにいるよ!
気づいて‼︎
力んだ肩から
そんな叫び声が聴こえてくるようだ。
よくやってたね、私。
少し専門的な話をすると、
心理療法の一つに、
臨床動作法というものがある。
身体を動かしながら、
心にアプローチしていく
手法の一つだ。
以前、
尊敬する先輩に影響を受け、
ちょっとだけ
学びをかじったことがある。
その体験会に参加した時のことだ。
セラピストに促されるままに、
決まった動きをした。
ゆっくりと、丁寧に。
これ以上進めない姿勢まで行きつき、私は止まった。
イメージとしては、
身体を前に倒すストレッチをし、
これ以上進めない状態と似ている。
そのとき、セラピストに
「今キツイところはどこ?
そこに、やさしく注意を向けて、
待ってあげて。
ゆるむといいなぁって、
やさしくね」
と言われた。
キツイ場所には、
セラピストの手がそっと置いてある。
ただそれだけ。
しかし、
気づいたら
その部分の力がフッと抜けた。
無意識か、
意識化か、
身体の力が抜けていた。
「そうそう。そんな感じ。
そうすると、また少し、
先に進めるよ」
本当に、また少し
身体を動かすことができた。
固くて辛くて
前に進めない状態から、
意識を向けてあげることで、
力が抜けて、
さらに先に進めるようになるのだ。
頑張らなくていい。
信じていればいい。
「あなたを見ているよ」
と伝えれば
勝手に良い方向に進んでいく。
まるで子育てのようだ。
声を無視するから
「もっと見て!」と
アピールされる。
子育てなら、
子どもの反抗として現れるし、
自分の身体なら、
肩こりのように症状として現れる。
今日のあなたの身体は、
なんて言っているだろうか?
その声に
「そうだよね」と
そっと寄り添う返事をしてあげると、
身体は安心して、
最高の状態に
戻れるのかもしれない。
ほら。
今度はやさしい声が、
返ってきていないかしら。